大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和30年(ネ)23号 判決

控訴人 羽藤保 外三名

被控訴人 船越顕博

主文

控訴人羽藤保、同長井孝征、同長井敏和の本件控訴を棄却する。

原判決中控訴人長井早一敗訴部分及び同控訴人に訴訟費用の負担を命じたる部分を取消す。

被控訴人の控訴人長井早一に対する請求を棄却する。

控訴人羽藤保、同長井孝征、同長井敏和の控訴費用は右控訴人等の負担とし、原審における訴訟費用中原判決において控訴人長井早一に負担を命じたる分及び当審において被控訴人と控訴人長井早一との間に生じたる分は何れも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却するとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

被控訴代理人において本件換地処分について未だ知事の認可の告示のないことは争はないが、特別都市計画法第十四条により被控訴人の本訴請求は正当であると陳述し、

控訴代理人において、特別都市計画法第十三条所定の換地予定地は、換地処分後の換地とは異り、従前土地と法律上同視せられるものではない。換地予定地に対する使用収益権は換地予定地の指定なる行政処分により、指定の通知の翌日から換地処分の認可の告示の日まで、従前の土地の権利者に設定される公法上の権利であつて、従前の土地の所有権の内容として換地予定地に公法上当然に付与されるものではない。従つて仮令従前の土地につき売渡担保を得又はその所有権を得たからとて、当然換地予定地の使用収益権又は売渡担保権が随伴するものと解すべきではない。従前の土地の所有権とその換地予定地の使用収益権とは別個の存在であるから後者につき売渡担保権を得又はその権利を取得するには特別の意思表示を要するものと解すべきである。仮に然らずとするも、被控訴人は昭和二十七年十二月中本件土地を訴外越智四郎に売却処分し、現在所有権者ではないから、被控訴人の本訴請求は失当であると陳述した外原判決摘示事実と同一であるから、茲にこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

今治市大字今治村字矢熊甲(通称同市高砂町)三百四十二番地の三十六、同甲三百四十一番地の十六に誇る原判決添付の図面甲、乙の宅地三十六坪二合二勺(以下本件換地予定地と略称する)は特別都市計画の結果、もと今治市の予備地となつていたところ、昭和二十四年七月十二日訴外長井巌の所有であつた同市大字今治村字矢熊甲三百三十一番地の三十三宅地二十八坪六合六勺(以下本件従前の土地と略称する)の換地予定地として指定されたこと、同訴外人が昭和二十四年十一月五日訴外越智嘉吉より金借し、本件従前の土地を売渡担保(当事者双方の主張に徴すれば法律的には譲渡担保と解すべきものである。以下同じ。)に供していたところ、弁済期たる昭和二十五年二月五日借受金の返済をなし得ざりしため、本件従前の土地が嘉吉の所有に帰し、被控訴人が昭和二十六年二月二十七日嘉吉より右土地を買受け、その旨の所有権移転登記手続を受けたこと(尤も被控訴人が本件従前の土地を嘉吉から買受けたのは昭和二十六年十一月二十六日、その所有権移転登記を受けたのは同月二十九日であつて、右日時の点に関する当事者双方の主張は錯誤に基くものではないかと考えられるけれども、本件の結論に影響を来さないので、当事者双方の主張に従つて判断することとする)控訴人保が本件換地予定地の中、前記甲の部分及び隣接訴外地に誇り被控訴人主張の木造セメント瓦葺平家建一棟建坪十九坪二合五勺(甲地上に存在する部分は内十一坪三合四勺七)を建築所有していること、控訴人孝征、同敏和が巌の養子であつて、同人の共同遺産相続人であること、前記乙地上に存在する被控訴人主張の工作物が巌の所有であつたが、その死亡によつて右控訴人両名が共同相続したことは何れも当事者間に争がない。

控訴人等は換地予定地の使用収益権は換地予定地の指定なる行政処分により設定される公法上の権利であつて従前の土地の所有権の内容として換地予定地に公法上当然に付与せられるものではない。従つて仮令従前の土地につき売渡担保を得又はその所有権を得たからとて当然換地予定地の売渡担保権又は使用収益権が随伴するものと解すべきではなく、換地予定地の使用収益権を取得するがためには特別の意思表示を要するものと解すべきであると主張するので、先づこの点について考えると、従前の土地の所有者(所有者以外の関係者については本件に関係がないので論じない)は換地予定地の指定によつてその通知の翌日より換地処分が終局的に効力を発生する日まで換地予定地について、従前の土地の所有権の内容たる使用収益と同一の使用収益をなし得ることは、昭和二十九年法律第百二十号土地区劃整理法施行法第一条による廃止前の特別都市計画法(以下特計法と略称する)第十四条第一項の規定するところであつて、右換地予定地の指定なる行政処分は従前の土地の所有者に対してなされ、換地予定地に対する使用収益権が従前の土地の所有権の内容をなすものでないことは、控訴人等の主張する通りであるけれども、換地処分の一手続としてなされる換地予定地の指定なる行政処分は、従前の土地の所有権に固着して課せられる物上負担であつて所謂物的公用負担の一種に属し、換地予定地の指定ありたる後換地処分の終局的効力発生前に、従前の土地の所有権に変動ありたるときは、従前の土地の所有権に課せられたる負担は当然新所有権に移転し、その負担の調整として付与せられたる換地予定地の使用収益権も亦当然新所有者に移転するものと解すべきであるから、新所有者が換地予定地の使用収益権を取得するがために旧所有者及び新所有者の特別の意思表示を要するものではなく、控訴人等の主張は採用しない。

従つて巌より本件従前の土地の所有権を取得した嘉吉及び更に嘉吉よりその所有権を取得した被控訴人は本件従前の土地の所有権に対する負担を法律上当然承継すると共に、本件換地予定地の使用収益権をも当然承継したものといわなければならない。

次ぎに控訴人等は、被控訴人は昭和二十七年十二月中本件土地を訴外越智四郎に売却処分し、現在その所有権者ではないから、被控訴人の本訴請求は失当であると主張し、原審における被控訴人法定代理人船越テルヱ本人尋問の結果中には、本件従前の土地を越智四郎に売りたる旨の供述部分があるけれども、弁論の全趣旨に徴すれば、右供述は被控訴人と越智四郎との間に本件従前の土地について売買の予約が成立したとの趣旨であることが窺われるから、これをもつて控訴人等主張事実を肯認する資料となし難く、他に控訴人等主張事実を確認すべき証拠がない。

そして換地予定地について使用収益権を有する者がその使用収益を妨害せられたる場合には、妨害者に対し妨害の排除を訴求し得るものと解すべきところ、控訴人保は昭和二十三年五月二十日頃前記甲、乙の土地は巌に対する本件従前の土地の飛換地予定地として内定したので、同人から甲の土地を使用貸借によつて借受け市当局に対しては巌において予め了解を得た旨主張するけれども、巌において市当局から予め控訴人保主張の如き了解を得たことを認むべき証拠なくまた控訴人保が巌より前記甲の部分の土地を使用貸借したとしても、当時巌に対し右土地を本件従前の土地の換地予定地として指定する旨の通知のなかつたことは控訴人保の主張自体によつて明らかであるから、巌は甲の土地を使用収益する何等の権利を有せず、これにつき控訴人保と使用貸借をなすも、その効果なきものといわなければならない。仮に巌において本件換地予定地の指定を受けた後、甲の部分に控訴人保が建物を所有することを承認し、無償でその敷地を使用せしめたとしても、控訴人保は斯の如き債権契約をもつて、債権者以外の第三者であり本件従前の土地の所有権取得についてそれぞれ登記を経由した嘉吉(成立に争のない甲第一号証によれば嘉吉が昭和二十五年二月十五日本件従前の土地について所有権取得の登記していること明らかである。)及び被控訴人に対抗し得ないものと解するを相当とする。

次ぎに控訴人保の留置権の抗弁について按ずると、巌が昭和二十四年十一月五日嘉吉から金五万円を借受け、本件従前の土地を売渡担保に供したことは当事者間に争がないところであるが、成立に争のない甲第一号証に原審証人近藤佐吉の証言を綜合すれば、巌と嘉吉との間には前記借受金を弁済期に返済せざるときは、借受金を代金として本件従前の土地を嘉吉に売渡す旨の売買予約も存在したところ、巌は約定の弁済期に借受金を返済し得なかつたため、嘉吉は売買予約完結の意思表示をなし、本件従前の土地の所有権を取得したことが認められ右認定に反する原審における控訴人早一本人尋問の結果は採用し得ないから、売渡担保契約のみの存在を前提とする控訴人保の抗弁は採用できない。

次ぎに原判決添付図面の乙地上に存在する被控訴人主張の工作物が巌死亡当時同人の所有であつたことは当事者間に争がなく、原審における検証の結果(第一、二回)によれば、右工作物は乙土地を殆ど囲繞する板垣等であることが認められるから、巌は生前右工作物によつて囲繞せられる乙土地を占有していたものと推認するを相当とし、巌の共同遺産相続人たる控訴人孝征及び同敏和は右地上の工作物の所有権と共に乙土地の占有権をも共同して相続したものといわなければならない。

更に被控訴人は控訴人早一も亦乙土地を占有していると主張するのでこの点について審究すれば成立に争のない乙第一号証、原審証人長井竹治の証言、原審における検証の結果(第二回)及び弁論の全趣旨を綜合すれば、乙土地は現在訴外長井竹治が庭園或は野菜畑として使用し、竹治は控訴人早一の実父であるが同控訴人と戸籍を異にし、また平素食事は同控訴人方でなしているが同控訴人の居住する建物と別棟の建物に居住し、既に年令八十歳を越え、所謂年寄仕事として右土地に庭園を設け、或は野菜類を裁培し、収穫した野菜類は控訴人早一及び娘婿である控訴人保の家族と共に消費している事実が認められ、右認定の事実に徴するときは竹治は控訴人早一を世帯主とする世帯の一員であると認定する余地がないではないけれども、或る世帯の一員が土地を使用しているからとて、当然世帯主がその土地を占有しているものと做し得るものではなく、世帯主が斯る土地を占有しているとなし得るがためには、世帯主が世帯員を自己の機関として土地を占有しているか或は世帯主が世帯員を自己の代理人として土地を占有している事実あることを要するものと解すべく、本件において被控訴人の全立証によるも控訴人早一と竹治との間に斯の如き関係あることを認めるに十分ではなく、甲、乙の両地がもと控訴人早一の所有に属していたとしても、右土地はその後今治市の特別都市計画の施行によりその予備地となり、更に昭和二十四年七月十二日巌所有の本件従前の土地の換地予定地として指定されたこと前記の通りであるから、右の事実をもつてしても控訴人早一が乙土地を占有していることを認定する資料となすことはできない。

以上の通りであるから被控訴人の控訴人保、同孝征及び同敏和に対する本訴請求は正当であつて、被控訴人に対し控訴人保は被控訴人主張の建物の中十一坪三合四勺七を収去してその敷地たる甲土地を明渡し、控訴人孝征及び同敏和は乙土地上に在る板垣を収去して乙土地を明渡す義務があるが、被控訴人の控訴人早一に対する本訴請求は失当であるといわなければならない。

然らば被控訴人の各控訴人等に対する本訴請求を全部認容した原判決は控訴人早一の関係において失当であつて取消を免れないが、その他の控訴人等の関係においては正当であつて、右控訴人等の本件控訴は棄却すべきものである。

よつて控訴人保、同孝征、同敏和の控訴につき民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を控訴人早一の控訴につき同法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 太田元 岩口守夫 合田得太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例